第8話:「ロックスターなジェイムズ・ヘットフィールド」

 「ヒトシ、また大きな荷物が届いたわよ!」 ある朝、ボクの部署のマネージャーのおネーさんが、またまた 畳一畳あろほどのダンボールを持って来た。みんなにはもう話したけど、ボクはここ,コロナ・カリフォルニア、 通称SixStringsTownでカスタムペインターって仕事をしている。ヘルメット、オートバイ、ありとあらゆるモノに お客さんの希望通り色を塗ったり、絵を描いたりする仕事、もうご存知の通り、畳一畳ほどのダンボールと言えば、 中身はギター、何のギターが入ってるかな? しかし、、、、、妙に見覚えのあるダンボールだ。
おそる、おそる中を開けてみると、、入っていたのは、EPSの文字が刻印された棺桶型のギターケース。
そして、入っているギターは、ESP-TRUCKSTER.
「嘘だろう?」
“メタリカ”、ジェイムズ・ヘットフィールドからの、まさかの返品だった
 みんな、ジェイムズ・ヘットフィールドの事は知っているよな?アメリカが世界に誇るヘビメタバンド、 ”メタリカ”のボーカリスト兼ギタリストだ。その力強い歌唱力は、”Fuel”、 “ Master of pappets”に代表されるが、 雪国出身のボクは、”Unforgiven” などのこぶしのきいた演歌系ソング、いわゆる”いぶし銀“唱法が好きだ。 彼らのアルバム”Metalica”で”Nothing else matter’’を聞いた時には、「今年の紅白のトリはこの曲で決まりだな!」 と思った程だった。なぜボクが、そのジェイムズのギターをペイントする事になったのかというと、事の始まりは 2011年のビッグイベント「 Big4」だった。メタリカ、スレーヤー、アンスラックス、メガデス、スラッシュメタル四天王 を集めたイベント「 Big 4」のステージで、派手なギターを彼に持たせたいとの事だった。ESP側の注文は、
「とにかくジェイムズは”光りモノ’’が好きなので、ピカピカの銀色にしてくれ、ピカピカだぞ!」
全身クローム加工か、、難しいぞ、、なぜって?みんなも知ってる通り、木で出来たギターは呼吸をしている。 それをクロームという銀色のペンキで覆うと、ギターは息をしようと空気を外に押し出そうとして、 ギターの塗装面のムラになってしまう。ボクはEPS側に「木製のギターにクローム加工をする事はとても 難しいんです!」と説明をしたが、彼らは理解してくれない。しまいには、「Big4に間に合わなくていいから、 とにかくピカピカなのを作って、彼はピカピカが好きだから。」とまで言われた。嫌々ながらボクはTRUCKSTERを ピカピカに塗り、それを先方に送り、そして、それがたった今返品されて目の前にあるワケなんだな、トホホ。。 マネージャーのオネーさんに頼んで、返品の理由が何か?何が気にくわなかったのかを問いあわせてもらうと、 たった一言「ピカピカ度が足りない。」との事だった。戻って来たTRUCKSTERの裏を見ると、確かに塗装面にムラが 出来始めている。ギターは呼吸をし続けてるワケだ。再び、”生きているギターにクローム塗装を施す”という、 この作業の困難さを説明しても、彼らは聞く耳を持たなかった。
「もっとピカピカしていないとイヤだ!」
英語で、「高飛車」とか「高慢チキ」な態度の事を”ロックスター”と言う。まさに、彼らは”ロックスター’’だった。 なかなか進まないプロジェクトにイライラしたボクは、しまいには、すねた。そして、何をしたかというと、、、 コンピューターを開き、アイ・チューン・ライブラリーから、メタリカ・ソングを消去してまわった。まあ、なんだな、 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ってトコだ。しかし、最近妙にカミサンがメタリカにはまっていた。特に最新アルバム ’’Death Magnetic’’の中の”サイアナイト’’が、かなりのお気に入りらしい。「ジャンジャカ、ジャンジャカ♪♪〜」, お得意の口前奏に続き、「自殺♪ーもう死んだ、死んでいる,青酸カリ♪」とご丁寧に和訳バージョンまで作り、 昼夜となくボクのまわりで歌っくれた。逃げ場のない自分の状況を悟ったボクは、一枚のCDを手に取った。
“Death Magnetic’’ー 「死の磁界」ー
サワサワと棺に引き寄せられる、死の磁力。。。中に眠るのは、自分か、ギターか? 自分だったら、良い、きっと静かに眠っている。だが、ギターをこのまま眠らすワケにはいかない。 そして、ボクはその黒い棺桶型のケースを開け、ギターを取り出し、2度目のクローム塗装に取りかかった。
こうして、二度目のクローム塗装を施されたTRUCKSTERは少し重くなってしまったが、マッチョなジェイムズの 事だから大丈夫な筈だ.お望み通りの”ピカピカ度”も増している。
まぶしく光るギターの表面で髪型を直しながら、カミサンが「やれば出来るジャン!」と気楽に言う。 「今度ゲーツのギターも塗らせてもらってよ!」とワケのわからない事まで言ってくれる。
・・・・・・・・嫌だね!お断りだね! 売れっ子バンドの、イケメンギタリスト、絶対に「高飛車」で「高慢チキ」に違いないさ! 何せ彼らは’’ロックスター”だからね!ははっ、じゃあ、またな!

ロックスターなジェイムズ・ヘットフィールド